東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2476号 判決 1965年2月19日
被控訴人 加州相互銀行
理由
一、(証拠)によれば、被控訴人は被控訴人主張の頃、中越飼料株式会社との間に、元本極度額五〇万円の手形取引約定をなしたことを確めることができる。
二、被控訴人は、控訴人は右手形取引約定に基く債務について、中村才一郎および中村イトと共に連帯保証をしたと主張するので、この点について審究する。
(一) 甲第一号証(前記手形取引約定書)の控訴人名下の印影が、同人の印顆により顕出されたものであることは当事者間に争がない。従つて右印影は、反証なき限り、控訴人の意思に基き顕出されたものであると推定すべく、従つて又、右甲第一号証のその余の控訴人関係部分も、反証なき限り、全部真正に成立したものと推定すべきである。
(二) そこで、右反証の有無について判断する。(証拠)を綜合すると、控訴人は昭和三五年六月頃、被控訴人から不動産の仮差押を受けたので、早速前記中村才一郎を呼附け詰問したところ、同人は右仮差押は銀行の間違であろうと言つたので、右中村と共に被控訴銀行新潟支店に赴き、当時管理課長代理であつた前記佐藤勝男に面会し、書類を見せて貰い度い旨要求し、同人から前記手形取引約定書(甲第一号証)を見せられたところ、同証の控訴人の署名は、控訴人の署名でないので、右佐藤に対し、右署名は控訴人の署名ではないと告げ、また控訴人名下の印影については、印影は控訴人の印影に似ているが、控訴人が押印した覚えはない旨告げ、仮差押を解放して貰い度いと要求したが、前記佐藤は、それに対しては特に返答をしなかつたので、控訴人は前記中村才一郎を残して被控訴銀行を立去つた。その後控訴人は前記仮差押が解放されないので、再三右中村方を訪れ、前記手形取引約定書(甲第一号証)の控訴人の住所、氏名を誰が書いたのかと詰問したのに対し、同人は、ただ、申訳ないと答えるみであつた。以上の事実を確定することができる。
(証拠)を綜合すれば、前顕甲第一号証(手形取引約定書)中の控訴人の署名は中村イトまたは中村才一郎により冒署せられたものであり、控訴人名下の印影も同人等によつて冒捺されたものであることを窺うに十分である。
(三) 然らば甲第一号証の控訴人名下の印影は控訴人の意思に基き顕出されたものであるとの冒頭掲記の推定は覆されたものといわなければならず、従つて又、同証のその余の控訴人関係部分も真正に成立したものであるとの前記推定も覆されたものといわなければならない。而して他に被控訴人主張の連帯保証の事実を立証するに足りる証拠はない。
(四) 以上の理由により被控訴人主張の連帯保証の事実は、これを認めるに由ないものといわなければならない。
二、そこで進んで被控訴人主張の表見代理の点につき審按するに被控訴人主張の基本代理権は、いずれもこれを認めるに足りる証拠はないものといわなければならない。尤も、控訴人が訴外中村才一郎に対し控訴人の印鑑証明の下附申請方を依頼したことがあることは当審における控訴人本人尋問の結果によりこれを認めることができるが、右下附申請について中村才一郎または中村イトに代理権を附与したものであるということまでは、右供述によつてもこれを認めることができない。
(右供述中には被控訴人の主張に沿うが如き供述部分がみられるが、右供述部分は、控訴人の他の供述部分と対比して、にわかに措信できない。)
また仮に右才一郎等に右代理権が附与されたものであるとしても、ただその事のみによつては、被控訴人主張の表見代理の要件である基本代理権ありということはできない。
よつて爾余の点について判断するまでもなく、被控訴人の表見代理の主張は理由ないものといわなければならない。
三、以上の理由により、被控訴人主張の控訴人が中越飼料株式会社の被控訴人に対する債務につき連帯保証をしたとの事実は到底これを認めることができないといわなければならない。
四、よつて被控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、失当として棄却すべきものとし、右と異なる原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。